SSブログ

修禅寺の伊豆半島を後にして海を突っ切ることにするが湾 [人生]

富士 駿河湾.jpg
修善寺からバスで1時間行くと伊豆半島の西岸、 土肥港に着く。
そこから駿河湾をフェリーで突っ切ること70分で清水だ。
きのうの修善寺、それから去年の久能山〜日本平〜清水の曇天の鬱憤を
一気に晴らす何とも清々しい空と海と富士山だった。


清水では前回訪れそこねていた清水の次郎長の船宿を「末廣」をまず訪れた。
あれ?去年小田原に行った時の再生可能エネルギーを活用したかまぼこ屋も同じ名前ではなかったか?

次郎長は
裸一貫
状況判断にすぐれ
先見の明があり
何人分もの人生を送った人物と思う

心酔した私は子分にしてもらおうと訪れたのだった

彼が生きていたら晋三のことを「
人間としてどうか」
と思うはずだ




←応援クリックを
にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ ←上下ふたつともどうかよろしく!


あっしを子分にしておくんなせえ

↓ ↓ ↓ ↓ ↓


続きを読む


nice!(0)  コメント(0) 

曇天に梅ほころびて修善寺の寄り道をして頼家の墓 [人生]

またしても漂白の思い湧き出で
ふらり電車に飛び乗る
渋谷駅界隈
前回は自転車置き場がなくなっていたが
今回は東急プラザの再建されているのに気づく
ここを壊して立て替えますとお触れ書きが出たのはいつの昔だったか
気がつけばあっという間だった
品川8時新幹線9時には三島
伊豆箱根鉄道に乗り換えて9時半には修善寺に着いていた

それにしても空一面にたちこめた灰色の雲
富士のふの字も見えやしない

雨が降らないだけましと思うしかなし
それにしてもこの冬いちばんの冷え込みのなか

日枝神社を皮切りに修善寺徘徊の始まり

福地山修禅寺は空海(弘法大師)の創建で、去年訪れた鎌倉の建長寺(巨福山)の開山・
南宋から来た禅僧の蘭渓道隆がいたこともある。頼朝の息子・頼家や弟・範頼もここに幽閉されていた。
その後廃れていたのを再興したのが、これまた去年訪れた小田原に最後は居城を置いた
北条早雲(元々は備中の伊勢氏)である。早雲は伊豆から相模へ勢力を伸ばしていった武将である。

頼家の墓




←応援クリックを
にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ ←上下ふたつともどうかよろしく!
↓ ↓ ↓ ↓ ↓

続きを読む


nice!(0)  コメント(0)