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気のせいか 旅の成果 徳富蘇峰・徳富蘆花 生家 [人生]

水俣(3)

水俣にはこれからの日本の教訓が眠っていると思うもう一つが徳富蘇峰。
戦争に突き進んでいった日本の教訓が学べるはずと旅した。



生家と資料館。いずれも訪問者は私ひとりで貸切という贅沢。係の人(職員/学芸員)がずっと私に係りっきりで詳しく熱のこもったお話をしてくださった。お茶やコーヒーまで頂く。

生家に製菓。お茶うけに出された煎餅がうまかった。生姜のやつはよくあるが、みかんの味が染み込んで砂糖がまぶしてある。こんなの初めて。地元製菓。東京で売れば当たるのではと思った。蜜柑の大器。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓


  かわら屋根しらかべに水みどり良し生家に生花 盛夏ならねど

一連の写真をフェイスブックに載せて「生家」と書いたら、私の生家と勘違いして、すごいですねと書き込みをした人がいた。

私の生家は県北の荒尾という町。もう跡形もないはずだ。貧しくて姉は父が取り上げたが(玉名郡山北村、今の玉東町)、私が生まれた時(荒尾市)は初めて産婆さんを呼んだのだそうだ。

  たが生家聖歌きこゆる気のせいか

徳富兄弟なら賛美歌だろうが、駄洒落の都合上、許してくだしゃれ。


映画にするなら徳富蘇峰は大竹まことで決まりだ。


カタルパ。ノウゼンカズラ科 キササゲ属アメリカキササゲ。
木偏に秋で「きささげ」。

  楸(きささげ)をあなたに捧げ宣教師

  誰(た)が生家聖歌きこゆる気のせいか
  カタルパのこずえの風にうちふるえつつ

熊本市の徳富記念園(旧徳富邸・大江義塾跡)にも同志社の校庭にも植わっている。

  キリストの教え広めるしゅし(種子/趣旨)なりき
  新島襄から徳富蘇峰へ

  キササゲは何を語る葉また来るぱ

これ撮るのにイナバウアー苦しかった。


ひょっとすると、ばったり会えるか?という人もいた。
高校時代一年上に実家が水俣のお寺という人がいてショーケンさん、ショーケンさんと慕われていたが、こんな由緒あるお寺だったのか。歌がうまくて水泳が得意、その泳ぎっぷりは迫力あった。ただならぬ面構えであったが合点がいった。今もあの黒ぶちのメガネか。出て来られたら「ショーケンさん!覚えてますか?」と言うつもり。


  四郎ならみなも渡りて天草へ

まるで天草四郎でも現れそうな雲と光と海

ぬいぐるみは買ったのですかとフェイスブックで聞いて来た人がいた。
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ひとりで(一匹で?)乗っとらした。持って行かれんごつ座席にくくりつけてあるとです。

水俣(1)に書いたように行きの運転士は気さくな人でいろいろ話ができたのですが、帰りの運転士は珍しくも若い女性でした。写真撮ったり会話する勇気はありませんでした。代わりにクマモンに相手してもろたちゅうわけですたい。

ー くまもん、おまえはオスか、メスか?
ー そぎゃん質問なセクハラばい。


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いつもあったものが消えているというのは何か異様な風景。原爆で倒壊した長崎の浦上天主堂を、そのままにしておけばよかったのに何故再建したかという論争があるが、元の姿にというのはごく自然な気持ちだ。長崎の場合には浦上地区の差別や信仰の歴史という事情ががあったからなおさら。アメリカはそれに乗っかった?(そこへ誘導したのかもしれない。時期的に「平和のための原子力 Atoms for Peace」と合致)。9条も似たような構造かと思う(アメリカが日本には2度と戦争をさせまいと思っているとこへ日本のほうから戦争しないという憲法にすると言い始めた。上出来上出来、それでいきなさい)。

「幻の原爆遺構」長崎浦上天主堂
http://noraneko-kambei.blog.so-net.ne.jp/2017-08-18

そういえばあの話も後半まだ取り掛かっていなかった。宿題がたまる一方である。

源光寺

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