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感染を抑えるつもりはないのだよ目からウロコのGoToトラベル [コロナ禍]

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紙様はさておき、私が神様と崇める旧・西鉄ライオンズの大投手・稲尾和久が、
かつてプロ1年目の長島茂雄と日本シリーズで初対決したときのこと
(1958年ーー稲尾はプロ3年目でこの年33勝、前年35勝の2年連続リーグMVP)。
得意の投球術を駆使し、1球目こう投げて、2球目こうして、これを見せて、
と投球を組み立てて、
普通の打者ならその次の球で打ち取られるのに、
長嶋はいとも簡単に打ち返す。

ぱかーん

なんで?

なんで、あれであの球が打てるのだ?
あいつは一体何を考えている?!
稲尾は一晩考えたが答えは出ず
翌朝、布団からガバっと起きざまーー

がはーっ!分かった!「あいつは何にも考えとらん!」

サイちゃんとあだ名された細い目を
いよいよ細くして稲尾が叫んだ。

他の選手はあれこれ考えさせられて稲尾の術中にはまる。
長島は何も考えてないから打てたのだ。

長島の頭の中はからっぽで、ただ、動物的な感性で体が反応している。
稲尾はそう見抜いた(朝起きざまそれが分かるって、夢の中でも考えていたのか…)。
それ以降、長島の微妙な体の動きから狙い球を察し、
打ち取ることができるようになった。

私にとってはそれと同じような
「目からうろこ」の先日の大竹まことのゴールデンラジオだった。

がはーっ!!分かった!!あいつら、感染を抑えるつもりはないのだ!!

そう考えたら、これまでの疑問点が氷塊した。

『政権の姥捨山の企みをあぶり出したか新型コロナ(ある怖い話)』
https://noraneko-kambei.blog.ss-blog.jp/2020-12-08

森永卓郎の「真冬の怪談」。
怖い話だ。わしのような老人がこれから殺される。。

政府はなぜGoToを止めない?

移動の規制などやると経済への打撃が大きい。
今年の4-6月期のGDPは前年同期比マイナス10.2%。
これが骨身にしみたのだ。

だから経済優先だ。移動の規制などやっちゃいかん。
旅行とか飲食に補助金を出してがんがんGoTo利用してもらおう。
やつらはそう考えたのだ。

「GoToで感染が広がったというエビデンスはない」

これですむ。



PCR検査も抑えなくてはならない。
検査すると陽性者が出て隔離となって
労働力が減って経済が停滞する。
だから検査は増やすフリはしても消極姿勢を貫く。

ただこうしていると感染が広がり
重症者や死亡者が増えるが
経済のために無視すればよい。

感染しても死亡率は
50歳台以下現役世代では0.06%、ほぼ死なない。
60台以上は5.7%。
コロナで労働力は奪われない。
高齢者が死ぬだけだ。

感染拡大で医療崩壊
病院から高齢者が溢れ出て自宅療養
多くの人が亡くなるだろう

高齢者といえば
75歳以上で年間1人当たり
医療費91万円、介護費48万円、
年金給付平均137万円、などなど、
1人ざっと300万円のマイナスだ。

そんな高齢者が減れば国は助かる、、
しかしそれはいくらなんでも口に出しては言えない。
だからこう言えばいいのだ。

「国民の命と生活を守る」

 紙様

この森永卓郎の「冬の怪談」で
私の目からウロコが落ちた。

日本人の体は不思議なものだ。
目にウロコがあったり、ヘソが茶を沸かしたり、
膝が笑ったり、、魔界か異界か、、

なぜこの期におよんでなお政府はGoToを止めないのか。
感染が拡大する。医療が崩壊する。
高齢者が病院から溢れ出て自宅療養になって
命を落とす。
すべて分かった上でのこととなのだ。
きっと。



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神様、仏様、稲尾様、、

 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

稲尾和久、いかに凄かったか。

稲尾と言えば、
1シーズンに42勝、3年連続30勝という往年の大投手。
連戦連投、鉄腕と呼ばれたが、酷使がたたって選手としては短命に終わった。。

大分の漁師の家に生まれ、子供のころから小舟に乗って
足腰の強さとバランス感覚が抜群。
超豪速球を投げるわけではないが
制球力の良さは無類のものだった。
指先の加減次第で同じ変化球でも
100通りに投げ分けられると言っていたそうだ。

最優秀防御率を5回、3年連続日本一、鉄腕稲尾。

1956年、西鉄が打撃練習用に獲得し、
敗戦処理などで登板するも
投手陣の故障から登板機会が増えるなか、
1年目も終わってみれば
21勝6敗、防御率1.06(パリーグ記録)、新人王に輝いたのだった。

1957年、35勝6敗(20連勝含む)(パ・リーグMVP)勝率8割5分4厘

1958年、33勝(2年連続MVP)
 日本シリーズでは0勝3敗から逆転4勝3敗で優勝。
この時は5試合に先発(4完投)し(7試合で6試合に登板)
「神様、仏様、稲尾様」。
西鉄0勝3敗で迎えた第4戦に3度目の先発で初勝利。
第5戦も4回からリリーフ登板。
なんとなんとさよならホームランまで稲尾だった。
第6戦、7戦も稲尾が連日先発・完投して勝利。西鉄が日本一に輝いた。

1959年、30勝。
1960年、20勝。
1961年、42勝(78試合に登板)。
 先発30試合のうち完投が25試合。26試合が連投(3連投が4回)。
1962年、25勝。プロ入り7年目で通算200勝を突破。
1963年、28勝。
1964年、0勝。肩の故障。。
1965年、13勝。
1966年、11勝。
1967年、8勝。
1968年、9勝。
1969年、1勝7敗。引退。

東京五輪の1964年には肩の故障で登板は6試合のみだったが
それまでの8年間(1956-63)の登板試合数は平均で
年65.5試合という酷使ぶり。


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ありがとうございました! m(_ _)m



感染を抑えるつもりはないのだよ

目からウロコののら猫寛兵衛

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