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チョンチョンホワホワとした不安 [歴史]

チョンチョンして
ホワホワとした不安

「いつかどこかで禁断の鍵が外れてしまうことはないのかと不安」
と朝日新聞のコラム氏だがすでに外れているのでは。

その昔、真偽のほどはともかく、中国がゴリラと人間の交配を試しているという記事を読んだことがある。「亜人類」というか、ゴリラより上、人間より下の生き物(subhumans)を作ろうという実験しているというのだ。工場で働かせたり戦争で兵士として使おうという魂胆らしかった。

それはもうロボットの出現で必要なくなったのかもしれない(クローン人間は医学が目的か? いや、まぐわう代わりに遺伝子工学で「亜人類」をというだけの違いか?)。いずれにせよ人間は今やロボットや自律型兵器を進化させ、機械に人殺しや街の破壊をさせようとしている。

「進んでとどまる事を知らない科学は、かつて我々にとどまる事を許してくれた事がない」と夏目漱石だが、やがて我々はとどまる事を許されそうだ。人間が生み出した、核兵器や原発や遺伝子組み換え食物やロボットや自律型兵器やクローン人間や人工知能に殺されて絶滅するのだから。

そんな
チョンチョンして
ホワホワとした不安
と確信のはざま
月曜の朝



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 すでに現実!

(日曜に想う)止まらない科学と人間の不安 編集委員・福島申二
朝日新聞 2018年2月4日05時00分

「花に想(おも)う」 絵・皆川明

 世界でもっとも有名であろうあの怪物は、ある夏の、スイス・レマン湖畔の雨続きの天候から生まれた。

 湖畔に滞在していたのは、名高い英詩人のバイロン、同じく「冬来たりなば春遠からじ」の詩句で知られるシェリーとその夫人メアリーたちだった。雨に閉ざされる日々に飽きて、退屈しのぎに「一作ずつ怖い物語を書かないか」と言い出したのはバイロンだったらしい。

 それをきっかけに、まだ18歳だったメアリーが筆を起こし、ほぼ1年がかりで「フランケンシュタイン」を書き上げたのは、英文学史上に知られたエピソードだ。その翌年の1818年1月に出版されているから、あの怪物が世に出てから今年でちょうど200年になる。

 フランケンシュタインとは怪物の名ではなく、生命を操る好奇にかられて怪物をつくりだした科学者の名である。自分が生命を与えた人造人間に追いつめられて、ついには落命してしまう。

 メアリーの生きた時代、科学はめざましい進歩を見せ、技術の発展は産業革命をもたらした。そうした近代社会を背景に、この小説は、最高の知性が最悪のモンスターを生むかもしれない不安や、倫理のゆらぎを暗示して今日的だ。久しぶりに手に取ってみると、古びるどころかますます深い読み方を求めてくる。

     *

 あらためて読み直してみたのは、先月の下旬、本紙に載った1枚の写真にふと不気味さを覚えたからだ。

 クローンのサルが2匹、抱き合うように写っていた。中国科学院のチームが体細胞から誕生させることに成功したという。羊や牛などでは前例はあるが霊長類では初めてだと記事は伝えていた。

 羊や牛とは違って顔つきや四肢が人間に似ているうえ、表情まで分かる。不安そうに見開いた大きな目には何が映っているのだろう。踏み込んではならない禁断の領域にまた一歩近づいたようで、微(かす)かなおののきが脳裏をかすめた。

 英国でドリーという名のクローン羊が誕生したのは1996年だった。世界は衝撃を受け、「この羊のような人間をつくってはならない」などと倫理の線引きが慌ただしく進んだ。それから約20年を経て、原理的には人間にも応用できるレベルまで技術は進んできたようだ。

 2匹のサルは「中華」から一字ずつ取って「中中(チョンチョン)」と「華華(ホワホワ)」と名づけられた。中国科学院の幹部は会見で「クローン人間をつくるのが目的ではなく、人類の健康や医療に貢献するため」だと述べていた。とはいえ、こうしたきわどい既成事実を重ねていくうちに、中国に限らず、いつかどこかで禁断の鍵(かぎ)が外れてしまうことはないのかと不安は残る。

     *

 「人間の不安は科学の発展から来る」と、夏目漱石は大正期の小説「行人」に書いた。そして「進んで止(とど)まる事を知らない科学は、かつて我々に止まる事を許して呉(く)れた事がない」と続けている。

 時は流れて、内閣府の去年の世論調査をみると、科学技術の発展で不安を感じる分野として「クローン人間を生み出すこと、兵器への利用などに関する倫理的な問題」をあげた人の割合は、7年前と比べて減ることなく増えていた。

 「兵器への利用」というのは人工知能を搭載したロボット兵器などへの不安であろう。新たな可能性を広げる一方で人間を従属させかねない人工知能への戸惑いや不安も、近年広がっている。

 「フランケンシュタイン・コンプレックス」という言葉があって、人間が自ら作りだしたものにおびえる心理を言うそうだ。そうした科学技術の危うさへの警句として響くのは、フランケンシュタインならぬアインシュタインの言葉であろう。天才物理学者はこう語っている。

 「人間自身とその運命への関心が、つねに、あらゆる技術的努力の主たる関心でなくてはなりません。……私たちの頭の創造物が人類にとって呪いではなく恵みになるようにするためです」

 しかし皮肉なことにこの言葉から14年後、彼の理論を原拠とした原子爆弾が広島と長崎で炸裂する。天才の言葉は人間の「賢と愚」を深く照らし出している。

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